2017-09-01から1ヶ月間の記事一覧
ADHDの治療を始めてからしばらくして、それまでしていた事務のアルバイトを辞めました。俗にいうクレーム処理が主な仕事内容だったため、それも鬱を誘発した原因の1つだろうから辞めてしばらく穏やかに過ごしてみるといい、とカウンセラーさんや主治医に助言…
今回はちょっとしたマイブーム、私なりのリラックス方法について書いてみようと思います。 疲れた時に癒しを求める先美味しいもの、自然、動物とのふれあいなどなど…いろいろとありますが、私が今興味津々なのが アロマ!!!!! お休みの日や仕事から帰っ…
自分と向き合うためにマインドマップを作り、まずはじめに取り掛かったのが自己管理。とにかくWordにこれまでの失敗と改善策を書いていきました。 ① 予定の管理を意識して徹底できるよう、自分の予定をいろんなところに書く。 スケジュール帳、部屋のカレン…
結局、特別に効果を発揮しなかったコンサータさん。 というより逆に服用すると敏感になりすぎて気疲れしてしまうことに気づいてしまった。 信じて服用し続けようか迷ったけれど薬代もばかにならないので、3ヶ月以上服用を続けて効果が実感できないものにお金…
疑問を持ち始めたのは薬物療法を始めて1ヶ月が過ぎた頃。 「これ、効いてるの…?」 自分の体に変化が起きていることは自覚があった。 もどかしいのですが、言葉では上手く言い表せない。 なんだろう、脳内にぐわんぐわんとお寺の鐘が響き渡る、というかその…
正直、大学から紹介状をもらって行った精神科の先生は淡々としていて冷たかった…。(精神科や心療内科の先生は仏のように優しいものだと勝手に想像?勘違い?していた自分も良くないのですが。) 他のクリニックを当たることも考えたがまた初診料等取られてし…
中途半端なタイミングですが、改めまして、私真奈美と申します。 読者になってくださった方、スターをくださる方、そしてこのブログに訪問してくださる方にこの場を借りてお礼申し上げます。 いつもありがとうございます! 過去を振り返り書き起こしている途…
意を決して入った大学の相談室。 白を基調とした明るい部屋。 優しげなオルゴール音楽も流れていて荒んだ心を暖かく迎えてくれる環境、といった第一印象だった。 優しそうな専属のカウンセラーを紹介され、悩んでいることから家族構成等まで色々と質問された…
お客様対応では段々と簡単なことですら答えられなくなって、言葉に詰まり、しどろもどろになり、お客様にも上司にもこっぴどく叱られる。 これまで私を励まし優しく見守っていてくれた人たちも愛想を尽かして苦笑い。 とうとう同じ部署のほとんど全員から冷…
夜な夜な出かけ、呑んだくれて遊びまわる。 満たされていた日々もそう長くは続かなかった。 こんな自分に嫌気がさしたのだ。 真面目に生きたい。 これ以上堕ちていきたくない。 然し乍ら、今の私にとって寂しさと闘うのは容易ではない。 特に夜は一人でいる…
もう、誰でも良かった。 その日かぎりでも、一瞬でも 本物だろうが偽物だろうが 愛してると言われたかった。 誰かに必要とされたかった。 欲を言えば執着されたかった。 高校時代から付き合ったいた彼との別れを機に、私は歪み始めてしまった。 落ち込んでい…
「海外の支店に異動になった」 頭が真っ白になった。 彼が異国の地へ行ってしまう。 かねてより海外勤務に憧れていた彼の栄転 喜んであげるべきなのだが、そうもいかない。 しかし受け入れなければならないのだ。 時間をかけて話し合った結果、 お別れすると…
気がつけば受験シーズン。 行きたい大学の候補はいくつかあったが、 「名の知れない大学には行かせない」 と志望校への進学を反対されてしまった。 今になってもどんな進路を選んでもその人の頑張り次第なのでは?と思うところだが、そんなことは言えなかっ…
両親に対する罪悪感はあった。 見つかれば、また怒られる。 暴力をふるわれる。 ましてや今回は相手が3つも年上だ。 彼が被害を被る可能性もなきにしもあらず。 それでも初めて生きた心地がしたのだ、失いたくなんかない。 彼も状況を理解してくれているので…
以降、もう一切の希望を失った。 まわりの"友人"たちが高校生活をエンジョイする中 1人取り残されたようだった。 もっとも、"友人"と強調したのも 私には友人と呼べる友人がいなかったからだ。 その場を繕う努力はしていたものの、 友人としての深い関係は持…
高校生になり好きな人ができ、 そう日も経たないうちに晴れて恋人同士になった。こういうことって、「パパには内緒ね!」ってお母さんとウキウキ話したりするものなのかな、なんて憧れを抱きつつ、元々両親との会話が少ない(というか話しかけてもまともに取…
中学生になった頃から両親の仲は険悪になっていき、気がついた頃には両親ともに不倫をしていた。 お互いに勘付いてはいるようであったが体裁を保っていたいのか暗黙の了解状態。 家で寝ている父が握りしめている携帯電話の画面には彼女とのツーショットや卑…
とても大人しく口数も少ない上社交的な性格でもなかったため、いつも決まった数人の友人と絵を描くことを遊びとしていたインドアな小学生だった。通信簿の先生からのコメントにも「お友達が少ない」と書かれてしまうくらいに。 それでもどうしても、ひとに心…
幼少期のできごとに関しては断片的ながらも強烈に覚えてることがいくつかある。 理由は覚えていないがとにかくよく泣く子どもだったため、泣き出す度母に外に締め出された。雨の日も、雪の日も。 冬でも上着も着させてもらえず靴も履かせてもらえず、四肢末…
ハタから見ればごく普通のそこそこ幸せな家族に見えたかと思う。 週末になれば家族で出かけることも度々あったので近所のおばちゃんなんかにも、今日はどこにお出かけ?仲良くていいわね〜なんて言われたりもして。 しかし私の記憶の中には家族と過ごした楽…
「死にたい」 そんな言葉が初めてポロっと口から溢れてしまった時の焦燥感 鬱やら発達障害やら不安障害やらと診断されてから薬物療法を中心に治療をしていましたが、しばらくして薬とは決別して休養と精神療法、SST等で立ち向かうと決意 初めてのブログなの…
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