コントラバスのキーホルダー
「海外の支店に異動になった」
頭が真っ白になった。
彼が異国の地へ行ってしまう。
かねてより海外勤務に憧れていた彼の栄転
喜んであげるべきなのだが、そうもいかない。
しかし受け入れなければならないのだ。
時間をかけて話し合った結果、
お別れするという決断に至った。
一度は遠距離恋愛に踏み切ることも考えたけど
地球の反対側に行ってしまう彼とは年に一度会えるか会えないか、そしていつ日本に帰って来れるかわからないという不安と
頻繁に連絡して彼の仕事の邪魔になりたくなかったから
それに、夢に向かって一生懸命仕事を頑張ってほしかった。
「数年後日本へ戻ってきて、
俺のことまだ好きでいてくれたらもう一度一緒になろう」
出国までの3ヶ月間はできるだけ多くの時間を一緒に過ごすことにした。
もちろん、楽しい思い出が増えれば増えるほど辛くなることは重々承知していたけど、最後の一瞬まで愛しい人のそばにいたかった。
旅行へ行ったり、美味しいものを食べに行ったり、お家でゆっくり過ごしたり
搭乗時間ぎりぎりまで、彼は出国ゲートの前で泣き噦る私を抱きしめてくれた。
一緒に涙を流してくれた。
3年間、ありがとう。
お守り、といってコントラバスのキーホルダーを私に渡し、彼は夢とともに旅立っていった。
このキーホルダーは今でもしまってあって、時々眺めてはあの頃を思い出す。
時間が経つと段々と記憶も薄れてくるものだ。
こうやって書き起こしてみるとあれもこれも思い出したりして面白い。
いや、やっぱりいまだになんとなく切ない。
大好きな彼の人生の門出。おめでたい。
でも、失ったものは大きかった。
また私は心の支えを失ってしまった。