新しい出会い
以降、もう一切の希望を失った。
まわりの"友人"たちが高校生活をエンジョイする中
1人取り残されたようだった。
もっとも、"友人"と強調したのも
私には友人と呼べる友人がいなかったからだ。
その場を繕う努力はしていたものの、
友人としての深い関係は持ちたくなかった。
たとえ彼/彼女らが私のことを友人だと思ってくれていたとしても
私はそうは思えなかった。
人は簡単に人を裏切る。
会わなくなれば、記憶から消えてしまう。
なにより、人を信じる力を失っていた。
それでも何処かに自己承認欲なるものが潜んでいて、誰かに必要とされること、愛されることは、絶望の渦中にいながらも完全に諦めきることはできずにいた。
特に音楽大学を志望していたわけではなかったが、クラシック音楽やジャズを聴くのが少ない楽しみの一つであったこともあり中学生の頃から音楽大学の文化祭に足を運んでいた。
運命的な出会いをした高校2年の秋。
小さめの教室で行われていた室内楽のコンサート。
そこで男子学生が弾いていたコントラバスの演奏に鳥肌が立つほど魅せられた。
教室が小さかったこともあり、最前列で終始彼に釘付けになっていた私はさぞ奇異なオーラを発していたことであろう。
演奏が終わり、居ても立っても居られなかった私はコントラバスを持って立ち去る彼の後を追いかけ声をかけた。
感動しました!なんて安い言葉しかとっさには出てこなかったが、それでも内向的な性格の私が追いかけてまで初対面の人に話しかけに行ったことは10年以上経った今でも驚きだ。
こちらもまたシャイな彼は「聴きにきてくれてありがとうね」とはにかみながら答えてくれた。
どうしてもこれで会話を終わらせたくなかった。
先述の通り、私は音大に進学する予定は(お金も)なかったが、クラシック音楽好きな父が私にフルートやピアノを習うよう教室に通わせていたため、それを口実に音大への進学を志望しているのでお話を聞きたい!と会話を続ける事を試みた。
思惑通り、食いついてくれた。
大体2〜3分程度話し、「もう戻らないと」という彼は私の携帯電話にメールアドレスを打ち込んでくれた。
今度お茶でもしながらゆっくり話そう、と。
その日以来毎日メールのやり取りをするようになった。
話はどんどん弾み、ご飯を食べに行こうとまた会う約束をし、日時を決めた。
自分に興味を示してくれた人がいることに対する喜びを感じる一方で、母によって初めてできた彼氏と引き離された苦い思い出を思い出す。
いけないと思いつつも自分を止められなかった。
私も、誰かに必要とされてみたい。
再会の日の当日
両親に対する恐怖に苛まれながらも、その足は約束の場所へ向かっていた。
少し早めに着いたつもりだったが既に彼はそこにいて、笑顔で私を迎えてくれた。
他愛もない会話だったが、久しぶりに楽しくて仕方がなかった。
冗談を言って私を笑わせたり驚かせてみせようとする時の彼の悪戯な笑顔が可愛くてたまらない。
何度か食事に出かけたりするようになり、どんどん彼に対して心を開くようになっていった。
ある日、食事を終え、腹ごなしをしようと海辺を散歩している時、私は自分の生い立ちや家庭環境についてを話していた。
自虐的かつ自爆的な行為である。
加えて、今まで誰にも話したことのなかった辛すぎる思い出の数々。
そんなことを人様に面と向かって話して、お前に羞恥心のかけらもないのか!と思うところではあるが彼にもっと自分のことを知ってもらいたい一心で、半ば突発的に話し始めてしまった。
一通り話し終えると、近くの階段に座った彼。
その横に座る私。
無言。
やってしまった、引いてしまって何も言えないんだ。
漣の音だけが気不味く響く。
冬の始まりを知らせる冷たい潮風のせいで余計に血の気が引いた。
後悔の念と恥ずかしさでいっぱいになり俯いていると、突然彼の両腕が私の背中にまわった。
時間が止まった。
こんなドラマ的展開があるものなのかと、不覚にも初めて自分の人生に感心した瞬間であった。
暖かい。
「よく頑張ったね」
ああ、もうまさにこれだよ、私がずっと求めていたのは。
一瞬少しだけ顔を上げた彼は静かに涙を流していた。
こんなに近くで誰かの涙を見るのもその時が初めてだったのではないかと思う。
そしてその涙が自分のことを思って流れているものだと思うともう何も言葉が出ない。
「もう大丈夫だよ、大丈夫だから…」
そして再び強く抱きしめられた。
物心ついてから人に抱きしめられるのも初めてだった。
世の中、こんなに優しい人もいるんだな。
しかも、知り合って日も浅い人に対してこんなに一生懸命に向き合ってくれるなんて。
たった今起きていることが、あまりにも現実味を帯びていなくて戸惑いつつ、心は喜びとようやく実感することのできた安心感で満ち溢れていた。
母に外に放り出された幼き日々のことを思い出す。
寒空の下泣きじゃくっていた私がほしかったのは、こんな暖かい抱擁だったと気付いた瞬間だった。