初めてのキス
両親に対する罪悪感はあった。
見つかれば、また怒られる。
暴力をふるわれる。
ましてや今回は相手が3つも年上だ。
彼が被害を被る可能性もなきにしもあらず。
それでも初めて生きた心地がしたのだ、失いたくなんかない。
彼も状況を理解してくれているので頻繁ではないが逢瀬を重ねた。
家庭の暖かさを知らずに育ち、
学校でも素を出せずに心を閉ざしていた私は気を遣ってくれたのか、デートの度にいろんなところに連れていってくれた。
動物園や遊園地、おしゃれなカフェ
一緒にいるだけで自然と笑顔になる。
小学生の頃に"鉄仮面"とあだ名のつけられた私としてはなんとなく慣れない感覚であった。
普段は両親に怪しまれないように19時には家に帰るようにしていたが、年末になり母が1週間里帰りをすることになり、父に関しても毎日帰宅が深夜0時を回らなかったことがなかったため、クリスマスは少し遅くまで彼といられるということで少しだけ遠出をした。
19時を過ぎると「はやく帰らなきゃ」という焦りと「今日はまだあと少し一緒にいられるんだ」という喜びが複雑に混ざり合う。
夕闇を包むイルミネーションの光がまぶしくて更に鼓動が高鳴った。
とにかく幸せで、風は冷たくても繋いだ手は暖かい。
脳内では前日のコンサートで彼が演奏をしていたクリスマスソングが流れる。
とても心地よい。
時間とは平等ながらも時としてその流れの速さは残酷である。
あっという間に帰路に着く時間。
遅くなってしまったから、と自宅付近まで送ってもらうことになった。
最寄駅から自宅へ向かう途中にある大きな公園の中の並木道を歩く。
昼間はそこそこに人の往来があるこの道も、真冬の夜では全くといっていい程ひとけがなくしんとしている。
楽しかった今日も終わってしまう、
そう思うと自然と無言になってしまっていた。
並木道の中程で道を逸れる彼に私も続く。
急に立ち止まり、こちらを見つめる。
ゆっくりと顔を近づけ、触れるか触れないか、くらいの距離で一瞬止まった。
「嫌じゃない…?」
何が起きようとしているのかもわかるし嫌なわけがない。
ただ、心臓が張り裂けそうなほど緊張していた。
ただ無言で頷くと、そっと唇と唇が重なった。
いい匂いがした。
香水の匂いの類ではなく
形容し難い、優しい香り。
なんだか、もう全てがどうでもよくなった。
両親が不倫していても、邪険にされても、暴力をふるわれても、必要とされなくても愛されなくても。
ただ、彼のことだけは絶対失いたくない。
その一心だった。